ウェールズのラブスプーン 愛の匙
一本の木から彫り出された、使うためではない匙。ウェールズには、想いを言葉のかわりに木へ刻んで贈るという古い習わしがあります。ラブスプーン、ウェールズ語でルーイ・ガル。愛の匙と呼ばれる木彫りの民芸品です。
十七世紀のウェールズから
現存するもっとも古い年号入りのラブスプーンは一六六七年のもので、カーディフ近郊にあるセント・ファガンズ国立歴史博物館に収められています。ただし、この習わし自体はそれよりもさらに古くから続いていたと考えられています。庶民の暮らしのなかで生まれた工芸のため、文字の記録がほとんど残っておらず、始まりの時期をはっきりと辿ることはできません。
若い男性が意中の女性に贈り、受け取ってもらえれば交際が始まる。ラブスプーンは、そんな無口な求婚の手紙のような役目を担っていました。彫りの出来ばえは、そのまま彫り手の腕と根気を物語ります。娘の父親にとっては、暮らしを支えられる相手かどうかを見定める手がかりでもあったといわれます。
一本の木から彫り出す
道具はポケットナイフ一本ということも珍しくありませんでした。材にはシカモアやツゲ、果樹の木が好まれ、継ぎ目をつくらず一本の木から彫り出すことが理想とされます。鎖の輪も、かごの中の玉も、すべて一続きの木。細工が複雑になるにつれて匙としての実用は離れ、やがて壁に掛けて眺めるものへと姿を変えていきました。
模様に込められた意味
彫り込まれる意匠には、それぞれ意味が重ねられています。解釈は地域や彫り手によって幅があり、諸説あることを前提にお読みください。
- ハート:愛情そのもの。二つ並ぶときは、想いが通じ合うようにという願い
- 鎖の輪:離れがたい結びつき。輪の数に、ともに過ごしたい年月や授かりたい子どもの数を託すことも
- 車輪:あなたのために働きます、という誓い
- 鍵と鍵穴:私の家はあなたの家。心の扉を開くしるし
- 錨:ここに根を下ろし、留まりたい。航海の途中で彫った船乗りに由来するともいわれます
- かごの中の玉:授かりたい子どもの数
- つる草・ツタ:寄り添いながら育っていく情愛
- 菱形:豊かな暮らしへの願い
- 鈴:結婚、祝いの日
- 組紐・ケルト結び:終わりのない愛
- スイセン、竜:ウェールズという土地そのもの
同じ模様はひとつとしてありません。彫り手が、贈る相手の好きな花や、暮らす土地にちなむものを選んで刻んだからです。一本ごとに宛先のある手紙だった、と考えるとわかりやすいかもしれません。
今も続く贈りもの
ラブスプーンを贈る習わしは、今もウェールズに息づいています。求婚だけでなく、結婚や出産、記念日の贈りものとして。ウェールズの恋人たちの日である一月二十五日の聖ドウィンウェンの日や、バレンタインデーにも選ばれます。贈り手が男性に限られることもなくなりました。
迎えるときに
アンティークのラブスプーンは、一本ずつ彫り手も年代も異なります。木肌の艶や角の丸まり、鎖の輪の擦れぐあいには、長く手に触れられ、壁に掛けられてきた時間があらわれます。小さな欠けや割れも、暮らしのなかを渡ってきた証としてお楽しみいただけましたら幸いです。
飾るときは、直射日光と乾燥を避けた壁面が向いています。玄関や寝室など、目を向けたときにふと立ち止まれる場所へ。誰かへの贈りものにも、自分のための一本にも。
東京・高円寺のアンティークショップmaltoでは、イギリス、フランス、ベルギー、オランダから直接買い付けたアンティークと古道具をご紹介しています。ウェールズのラブスプーンも、出会えたときにお店とオンラインストアに並びます。




















































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