アンティークジュエリー・ヴィンテージバッグ
シャトレーンと呼ばれる、ポケットがない時代の18世紀から19世紀初期にかけて流行した懐中時計や鍵、コインを入れるメッシュパースなどの身の回り道具をチェーンでまとめて携帯するために腰から下げていた装身具やヴィンテージジュエリーなど装飾品を集めました。
ジュエリーたちは宝石の価値よりもファッション性の高さを第一に作られたイミテーションジュエリーで、1950年代ハリウッドの女優達が映画や舞台で身に着けた事からコスチュームジュエリーと呼ばれるようになりました。現代のアクセサリーにはない、時代を超えたヴィンテージならではの趣きがあります。
【ヴィンテージバッグついて】
MALTOでセレクトしているヴィンテージのショルダーバッグやクラッチバッグはイギリスで買い付けてきたもの。 現在でも問題なく使用できるコンディションで、ちょっぴり個性があったり、ギミック、素材に遊び心があるものをバイヤーが1点1点厳選して選んできたもの。
手に届きやすい価格で販売しているので実店舗でも人気があり、古着の街高円寺らしくおしゃれに敏感な女性のお客様を中心に入荷するとすぐに完売してしまいます。 他の人と被らない1点ものヴィンテージバッグでお出かけすると気分が上がりますね♪
現代でもコレクションされている、"コスチュームジュエリー"。
宝石の価値よりもファッション性の高さを第一に作られたイミテーションジュエリーを呼びます。1950年代のハリウッド女優たちが映画や舞台で身に着けたことからその名で呼ばれるようになったといいます。フランス語ではビジュー・ファンテジー(Bijoux fantaisies)。
コスチュームジュエリーには当時高価であった「本物」のジュエリーと同様の作りが用いられることが多くありました。
イギリスのアンティークモールでは、現在も沢山のヴィンテージコスチュームジュエリーを見かけますが、 正直なところ本物ではないガラスや模造パールを使用したジュエリーの存在に疑問を感じていました。現代の感覚で考えると模造品はやはり”ニセモノ”です。もちろん現代でも安価なフェイク商品は沢山ありますが、時代は1920年代。きらびやかなファッションを好むのは、上流階級の特権です。
はたしてこんなに凝ったつくりできらびやかなアクセサリーでありながら”ニセモノ"であるものを果たして上流階級が身に着けるでしょうか?
その答えは、誰もが知る世界的ファッションデザイナー、ココ・シャネル(Coco Chanel、1883年8月19日- 1971年1月10日)にありました。
世界大恐慌のはじまり ウォール街大暴落
1929年、米国ではウォール街大暴落によって当時多くの人が本物のジュエリーを買う生活的な余裕を失いました。その影響もあり、伝統的なジュエリーをつくる仕事を見つけられなくなった当時の技術者たちは、手に入る素材で手頃な製品を作り始めました。その多くが、本物の宝石を用いたジュエリー同等の美しさとつくりの良さを兼ね備えていました。
いかに洋服にマッチしたジュエリーを身に着けるか
コスチュームジュエリーを最初にコレクションに取り入れたのはココ・シャネルではなく、ライバルデザイナーだったポール・ポワレです。
しかし、本物とフェイクを組み合わせて使うトレンドは、ココ・シャネルが大粒のフェイク・パールときらびやかなジェムストーンの組み合わせを発表してから本格化しました。ココ・シャネルのデザインする服はシンプルだったので、宝飾品がとても良く似合ったのです。
本物の宝石が高価で少ししか持てないのなら、手頃な価格のジュエリーを贅沢に使う方がよい、「いかに洋服にマッチしたジュエリーを身に着けるかが大切」というのがココ・シャネルの考え方でした。そのおかげもあり、イミテーションの宝石やパールのあしらわれたコスチュームジュエリーも、階級を越えてすべての女性が楽しめるファッションになりました。
本物とフェイクのパールを組み合わせて使うコーディネートは、シャネルのトレードマークでもありました。パールのネックレスを幾重にも巻いていますが、イミテーションと本物を重ねづけて上流社会の女性を煙に巻くのがシャネルは好きだったそう。
こんな言葉をシャネルは残しています。
これみよがしな下品なダイヤモンドを破壊するものとして、
コスチュームジュエリーを作ったの」
富の象徴でもあったジュエリーはこうして身分や階級関係なく、すべての人が楽しめるものになりました。